2025/06/20 北海道驛下車修行旅行3日目

2025/6/17から2025/6/27にかけて実施した北海道の驛を下車して訪問する鬼畜な旅の6/20の旅の記録です。コメントは一番下までスクロールしたところにあります。

6/17は愛知縣から北海道へ移動する前入りの序章

6/18は釧網本線の下車旅を開始した1日目

6/19は釧網本線の下車旅2日目で釧路~止別間の全驛が訪問完了となる。

知床斜里驛

昨晩到着時には真っ暗で驛全景が視られなかったため、始発列車前早めに驛にやってきて驛構内の様子を確認することとした。

平成末~令和初期に建造されただろう平屋驛舎を構える。驛舎内にはみどりの窓口・待合室など基本的な設備が整備。モダンな内装だった。

構内は2面3線と3番線横に側線が2線・その横には車庫線が整備されている。運行拠点型の設備となって居る。

浜小清水驛

06:42発 知床斜里
↓4722D 普通 網走行き
07:04着 浜小清水

高校生が数名乗車。網走方面への通学利用者がそこそこいるのが確認できた。驛出発後は基本的にオホーツク海を北側に横目に眺めながら、時折丘陵で遮られる場所を通過しつつ浜小清水に到着。

これまで、湯西川温泉やまつだい、穴水と言った道の駅併設の鐵道驛を見てきましたが、當驛も道の驛との併設。驛西側にあるフレトイ展望台からは驛構内を俯瞰して眺めることができる。

相対2面2線の列車行き違い可能驛で、かなりの便数が當驛で列車行き違いを実施する。

流石に道の驛は時間が早いため営業開始前でトイレと交通情報提供設備と驛待合室くらいしか利用できる場所はなかった。

フレトイ展望台にはハマナスが咲いており、野鳥観察にはうってつけな場所だった。展望台入口には砂利の駐車場が整備されていて、犬連れのキャンパー?と思しき方がいらっしゃった。

観光地化されていないので、観光客はほとんどいない穴場の場所かもしれない。

原生花園驛

07:44発 浜小清水
↓4724D 普通 網走行き
07:49着 (臨)原生花園

浜小清水では和多志の他に高校生1名が乗車。原生花園の降車は和多志1人だけ。

單面單線驛で昭和末期くらいに建設されたと思われるホーム構造。待合室はログハウス風の立派な造りで、内部には驛スタンプとちょっとした調理場があって臨時で売店営業もできるような設備となって居た。

原生花園は、驛名の通り濤沸湖とオホーツク海に挟まれた約8㎞に及ぶ細長い砂丘小清水原生花園の最寄驛。この原生花園には約200種の野生の花々が咲く天然の花畑で、訪問当時が一番の見ごろの時期であり、ハマナスやエゾキスゲ、アヤメの花等を鑑賞することができた。

人の手が入らず(もちろん観察用歩道や国道に関しては別だが)に今に至るまでこの景色が残り続けたのもひとえに、アイヌの方々が自然と調和して生きてきたことに尽きるのではないだろうか。

この自然を後世に残す事も我々の使命ではないだろうか。

藻琴驛

09:26発 (臨)原生花園
↓4726D 普通 網走行き
09:36着 藻琴

汽車の写真撮影のために数名の人垣ができていたが、汽車に乗り込むのは和多志以外居なかった。流石にこの時間ともなると網走方面への通勤通学客はおらず、観光で乗車している客がほとんどで座席は埋まっていた。途中の北浜の乗降はなく、藻琴下車時も和多志の降車以外はなかった。

當驛も單面單線だが、元相対2面2線以上の設備があっただろう分岐配線の名残があった。

驛舎は開業当初から残る木造平屋建ての一般形駅舎で、映画「網走番外地」の撮影地になった場所でもあるようだ。

流石に朝食から5時間近く経っており、おなかが空いてしまったので、周辺飲食店無いかと探したがこの近辺は食品加工工場と民家くらいしかなく、我慢するしかなかった。このときは空腹で辛かった。

北浜驛

10:36発 藻琴
↓4725D 普通 釧路行き
10:40着 北浜
和多志1人の乗車のみで降車無し。北浜降車時は和多志の他に2名降車。乗車はなかった。だが、北浜にはとんでもない數の観光客と地元の幼稚園児たちと引率の先生がいらして列車を見送っていた。思うが、写真を撮るだけで鐵道存続の直接的な支援をしない(ことがほとんどな)観光客はどうなんだか・・・今回はなかったものの、撮影のために身を乗り出して我が物顔で撮る人間もいるわけで、世の中”おかげさま”の精神を忘れてしまっているのではないかとも思うのである。

北浜はオホーツク海を遮るものなく眺められる驛として有名かつ人氣の驛である。單面單線だが、藻琴同様に2面2線以上の設備があったのだろう線路配線の名残が視られる。

驛舎も戰前建造の木造平屋建てだが、藻琴と比べると小規模な驛舎であり、運行上はそこまで重要な驛ではなかったらしい。北海道旅行期2日目にて記載した止別はラーメン屋が元驛員室にあったが、ここも喫茶店が入っている。

驛から徒歩10分くらいでたどり着ける濤沸湖へ。水鳥・湿地センターの辺りから野鳥を眺める。この辺りはオホーツク海と繋がる河口付近という事もあり、汽水域となって居るのだろう湖面から漂う風の香が磯の香そのもので、湖の中も藻などは繁殖しておらず、かつて汽水湖であった霞ヶ浦もこのような(氣候が違うため勿論若干の違いはあるだろうが)生態系だったのではなかろうかと思った。

前述の通り空腹に耐えかねる状況を打破すべくこの北浜周辺には驛に喫茶店、驛周辺にはセコマなどがあり選択肢は限られてはいるもののいくつかある状況。その中で琴線に触れたのは”なないろ”という自動販売機で売っているクレープが氣になり、イチゴいっぱい入りクレープ(\600)を購入。後ほど驛で頂いたが、空腹に刺さるおいしさ。基本洋菓子を食べない人間なので、たまに食べると美味しいなと感じるところであった。

桂台驛

11:42発 北浜
↓4728D 普通 網走行き
11:56着 桂台

汽車が到着する前に撮影目的の観光客が複数名現れたが、和多志以外は乗車する事はなく…ただ、下車客は2名いた。車内はとんでもない數の観光客。特に中国人観光客の団体様で乗車率140%と行った処か、車内はかなり混雑していた。藻琴に到着すると中国人観光客の団体様御一行は全員下車。ここはホントに日本ですか?と思ってしまうほどチャイニーズの言葉が飛び交っていたが静けさを取り戻す。引き続き汽車は進行方向右手にオホーツク海を望みながら網走方面へかけて行く。途中の鱒浦では乗降無し。桂台下車時は下車は和多志のみだが、地元高校生2名の乗車があった。

木板のホーム床にベンチが何台か設置されているだけの簡易な設備。だが、驛入り口付近には昭和末~平成初期建造くさいホームへの連絡通路と待合室が整備。元は驛がなく、周辺に住宅が多く学校も近い事から利便性向上のためにJR時代になってから設置されたんだろうなと予測できる。

この驛の接続道路はr490の片側2車線道路で網走市街の中心にほど近いこともあって建物も多い中、この驛だけは何処か時刻が停まったようなそんな感覚がした。

次の便まで、3時間28分待ちとまぁまぁ待つことになるので、周辺散策と昼食を済ませることにする。まずは腹ごしらえをするため、驛から徒歩5分くらいのところにある喫茶店の”日曜島”さんにてランチセットを頂いた。全く観光地化されていない地元の方御用達なお店で、落ち着いた雰囲氣のお店。来店時に地元の農家さんたち?とおぼしき4人グループの方が楽しそうに談笑しているのを横耳に挟みながら、ポークソテーの定食を平らげた。ソテーと言っても薄味の出汁で柔らかく蒸し焼きした感じなのかな?結構癖になる落ち着いた味付けと触感だった。ザックリ30分くらいお店にいる時間をゆっくり味わった。

お昼ご飯の後は、北見國一之宮網走神社に詣でた。網走にお邪魔した礼儀としてその土地の仕切る神様に挨拶するのが筋であるという考えである。近くに来て、寄れる状況であるならば基本的に小さな神社であっても頭を下げに行く姿勢は高校時代から変わらない。

静けさの中に自身の念を総て留めて、軽く挨拶をする。神社を出て森の中を歩く。サルノコシカケの大きさに驚く。

神社から徒歩数分の所にある網走郷土資料館にお邪魔した。

当博物館は北海道内最古の歴史を誇る博物館であり、医師であった米村喜男氏が長年にわたり収集したオホーツク地域の考古・民俗資料を診療所の一部を使って公開していたものを昭和11(1936)年11月3日に「北見郷土館」として建設し開館したもので、当館の建造は昭和11年竣工当初から現存する西洋風建築である。この頃になるとタイル張りを採り入れた建築となっており、西洋文化を吸収しきった上で独自の発展を遂げた西洋風建築の代表的な建物だと感じる。

内部は、1階部が道東で見られる動植物の剝製やこの建物を設計した建築家の資料を視ることができるフロア、2階へは階段導線。階段部には差し込んだ陽の灯りがステンドグラスを通して鮮やかに床面を照らしていた。2階に上がると網走地区の主に近現代の考古・民族資料の展示となっており、明治維新に続く屯田兵の入植の記録や冬場の生活は勿論、アイヌの方々の生活を実物大の模型を使って解説。写真では想像しがたい家屋の広さやアイヌの方々の生活の形がどういったものなのか、理解しやすい展示が行われていた。尚、大正期に開業した石北本線から延びる釧網本線の記録もわずかであるが知ることができる。

誰もいない展示室をゆったりと観覧していたが、途中中国人のカップルが入館してきた。はたして、この展示を視て何を彼らは学び理解するのだろうか、、、説明は日本語だけの説明であるからして、史料現物から判断する事は洞察力の高い人間でなければ理解できないと思うのだが、その価値を理解できるのだろうかとふと思うのである。せっかく来ているのだから何か学んで日本の北海道の特に道東とはどういった地域なのかという事が判って帰って行ったのならばいいのだが…和多志にとっては満足の内容であったが、どこか啓蒙的な要素が強い旧来的博物館という印象が強い内容ではあった。こういったことも含めて、人に情報を正確にかつ分かりやすく伝えることっていうのは難しい永遠の課題なんだなと和多志の動画も日々精進せねばならんと思うのであった。

館を出て時間を視ると14:30それでもあと1時間くらい暇な時間があるとはいえ、昼ご飯後の丁度眠くなる時間。しかも日中の最高氣温が30度を超えて記録的な真夏日を連日記録している中もあり、驛の待合室でのんびりするかと思い、そのあとは網走の街の散策はほどほどに桂台驛に戻るのであった。

鱒浦驛

15:24発 桂台
↓4727D 普通 釧路行き
15:30着 鱒浦

乗車は和多志の他に高校生3名。降車はナシ。車内は知床斜里方面に帰宅する高校生がそこそこいつつ観光客もほどほどな時間帯だ。鱒浦下車は和多志の他に高校生1名が下車。

ついに釧網本線の單独驛最後の下車となった鱒浦。當驛は單面單線。崖に寄り添うような場所に位置しており、そもそも用地の問題から列車行き違いはできない広さである。待合室は平成27年に新築された木造平屋。木彫りの鱒が驛名扁額の周りに配置されていて可愛らしい。

驛を出ると階段で降りて直ぐ片側2車線のR244に接続しており、驛北側には漁港がある関係で周辺は水産加工場が複数軒建っている。その中のカネ活渡辺水産にお邪魔して、カニの旬が終わりの時期ではあったが、冷凍のカニを購入してお土産として実家に送った。

その後は驛に戻ってのんびりと待合室で待つこととした。

網走驛

17:28発 鱒浦
↓4730D 普通 網走行き
17:36着 網走

鱒浦乗車時は和多志の乗車以外はなかった。車内は座席が半数埋まっている程度で高校生数名とほとんどが観光客といった具合。時間的に旭川方面への特別快速大雪の接続便である事から、観光客にとっては旭川方面に向かうのにちょうどいい時間の便となって居るがこの程度の乗車率である。網走止まり便なので、当然全員が降車。半数以上が特別快速大雪へ乗り継いでいった。

かく言う和多志は、この特別快速大雪の接続時間が13分もあるので、驛の観察をしっかりと実施する。2面3線の省線伝統な配線設備。3番線の横には1線の側線があり空き用地を挟んで留置用配線が何本か見受けられる。いくら衰退してしまったとは言え、やはり石北本線と釧網本線のお互いの終着驛としての重要結節驛としての設備を有している。1番線ホームの上り方に行くと線路がない側は島式のように整えられている事と路盤らしい名残もある事から、貨物チッキ用のホームとして使われていたんじゃなかろうかと思った。また、驛舎の東側には臨時改札の後もあり、驛舎建設当時は鐵道による移動が一般的であり、団体客はここを通ったのだろうなと思ったりもした。

驛舎は昭和40~50年代に建造されたんだろうRC造と思われる驛舎。驛舎内には待合室、自動券売機、有人改札、窓口が整備。広々とした驛構内だった。ただ、建物財産標を見つけるほどの時間はなかった。

驛の周辺環境はホテルが多いな。主要都市の驛前らしい環境だなといった具合。

こうして、延長160㎞を超える釧網本線の全驛下車の旅が終わり、引き続き石北本線の全驛下車へと旅は続いていく・・・まだ、北海道入りしてから4日目で濃密な時間だったと思うが、ここから先もまだまだ学ぶこと・普通では味わえない出来事と味わっていくことになるのだが、この旅行記の最期を見届けたい方は引き続き読んでいただけるとありがたい。

女満別驛

まるで、3日目の旅が終わるかのような、網走の〆の文章であったが、まだ3日目の旅は続く。

まずは、石北本線の基本情報から提示しよう。

石北本線はその名の通り、石狩地方から北見地方を結ぶ幹線として建設された鐵路で、宗谷本線所属の新旭川を起点とし、途中、上川・遠軽・北見などの主要都市を結び網走に至る、延長237.7km全30驛[令和7年度現在、石北本線所属驛のみの計算上]の路線である。

旅は終点網走方から上り新旭川方面に向けて攻略するものである。

17:49発 網走
↓3594D 特別快速大雪 旭川行き
18:04着 女満別

陽の光が赤くなり落ち始めた夕時、もう少し、驛を視ておきたいなという名残惜しさもありつつ2両で編成を組んだH100に揺られて網走を後にする。乗車率は30~40パーセントくらいだろうか、大した利用者數ではない状況。網走発車後から呼人までは網走湖の湖畔を駆ける。網走と言えば、監獄が有名だが、網走~呼人間の中間に位置しており、あっこを見学するとしたら網走驛からバス・タクシーでなければ行けないなという位置関係迄判った。特別快速は呼人を通過して女満別に到着する。女満別下車時は和多志の他に地元高校生1名の下車があったが乗車はなかった。

當驛は相対2面2線の列車行き違い可能驛。1番線上り側ホーム裏手を視ると雑草が繁茂しているものの留置線の後があり、貨物チッキ用の停車線だったのだろう。また、2番線下り方から分岐してホーム裏手に入り込む留置線もあったが、その横に広大な空き地がある事から、元貨物の荷上げ・降し場所だったのではなかろうか。

驛舎は平成期建築だろう3階層の図書館やコミュニティーセンターなどが併設された地域公共施設併設型の驛舎であり、道内では根室本線の赤平などでも見られる驛舎である。

図書館で資料を収集してもよかったのだが、せっかくの黄昏時驛北西側には網走湖の湖畔が近い事もあり、網走湖と夕陽を眺めに行った。穏やかな自然の景色。これまでの日常生活、時間にばかり追われていたがふと立ち止まって自分の中身を見つめなおす時間というのは今の時代に必要なことだと思う。周りに左右されず、”信念を持って貫き通す”その精神感をもう一度見つめていた。

驛に戻るときにキタキツネが道路を横切るのが見えた。こうやって歩いている姿を視ると犬そのものだなと思った。

呼人驛

18:30発 女満別
↓4663D 普通 網走行き
18:37着 呼人

和多志の乗車のみで出発。呼人下車時は高校生2名と共に下車。北見方面からの帰宅の高校生が乗る便になっているようだ。

さて、驛は2面2線の千鳥ホーム配置。所謂長大編成同士の離合を考えた配線と行った処だ。下り網走方から分岐して1番線ホームに入る手前で車止めになる留置線がある。これもチッキ用貨物線の後だろうか。

驛舎は平屋の昭和末建造の簡易な待合室。JR移管後すぐの新設改修かな。

宿へ

今回の宿は潔癖症にはかなりきついけど超激安!これは驚くかもしれない。

素泊まり1泊2000円だ。

はぁ!?

と思うでしょう。私も予約した時は目を疑いました。こんな物価高の中で?本当かよ?と。まぁ、口コミは散々なものであるが、実際はどうかな。無人驛で野宿するよりかは確実に野生動物との格闘は考える必要はない。シャワーを浴びれるわけで、どんなに設備が悪くても泊まれるだけありがたいと思いつつ予約したのだった。

これが今回停まった”呼人旅館”である。え?昭和30年代くらいに造られたボロな集合住宅のまちがいだろ?って?いやこれが宿です。

受付は隣の松尾ジンギスカン呼人支店で行う事となっており、とりあえず口コミの通り掃除はほとんどされていないことが予想されることから、寝床の清掃を済ませた後でジンギスカン屋で食事しよう。そう考えた。

玄関を入ると思っていたほどひどくはない?意外と照明が明るい。じゃあ、肝心の部屋は?

肝心の客室は洋室のフローリングに改装されており、思っていたほど古い印象はなかった。ただ、カーペットやフローリングを視ると全く掃除されておらずの至る所に髪の毛や食べかすが散らかったまんま。隅に敷布団が綺麗にたたんであったものの、ノミ等の虫にさされる心配は大いに想像できる状況であった。掃除機を借りてまずは入念に掃除を実施。寝るときは野宿する事を想定して持ってきていた寝袋で寝ると発想する。

どうやら、この1室だけが改装されているようで隣に宿泊されていた魚釣りをしに来たと思われる60代後半くらいの男性グループがいた部屋は畳部屋だったのが丸見えだった。壁が薄いので隣室のそのおっちゃんたちの話している内容がもろ聴こえだった。

とまぁ、衛生環境がやたらうるさくなった昨今ではこの時点ですでに衝撃的な宿だなと感じるだろう。とりあえず、掃除も済んで寝る準備も整えたので、松尾ジンギスカンで夕食ジンギスカンを頂く。

久しぶりにジンギスカンを食べたが、やはり本場のジンギスカンは別格也。2000円以上叩いた価値は十分いや十二分にある。こうやって考えれば夕食付1泊4000円くらいでも破格だと思うくらいだ。

食事を済ませて、宿に戻る。シャワーを浴びに行った。一応は数年内に改修されたようだが、明らかに掃除をさぼっており、排水溝や隅はお世辞でも綺麗とは言えない状況。また、やぶ蚊が居たのも笑ってしまうポイントだ。ここまで来るとかえってこういう不慣れなことを受けられるサービスなんじゃないかとまで思ってしまう。(これを世間はMというらしい。しらんがな。)

翌日に備えて一通り準備も終えた上で、寝袋にくるまり就寝した。

本日のまとめ

この日は以上のように、斜里から網走にかけて攻略を実施した。この旅の中で思ったことは

・自分の尺土/基準なんてものは周囲の環境によって固定観念となってしまっている部分がある。

・様々な”おかげさま”という心を忘れてしまっていたと反省する点があった事。

・人に説明する事は難しいが、それをいかに楽しくかつ学びに結び付けて頂くか考えて行かねばならないという事

以上の3点がこの日の学び・氣づきだったと思う。

次は西女満別より遠軽方面の攻略に移る。北見近郊エリアの攻略だ。次の投稿は年を越してしまうかもしれない・・・

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